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第1巻1章

  第1章        智者の任務は何であるかについて   1 「わたしの口はまことを唱える。わたしの唇は背信を忌むべきこととする」 [1] ( 箴言、8・7 ) 。 2 [2]   一般的な習慣では、――哲学者〔アリストテレス〕も事物に名を附ける際にこの習慣に従うべきだと考えていたが ( 『トピカ』 [3] 、ニの一 [110a14-22]) ――事物を正しく整理し (ordinare) 、これを善く司る者は智者として認められている。それゆえに、人々が智者について考えてきた様々の事柄のうちに、哲学者は、「秩序づけることが智者の特徴である」、と想定する ( 『形而上学』、序第二章 [982a17-18]) 。ところで、目的へと導かれるすべてのものにおいて、統制や秩序の規則はその目的から取得されなければならない。各事物が自らの目的に対して適合して秩序づけられている時は、最も善く処理されている時である。というのは、いかなるものの目的も、善だからである。それゆえに、諸技術においては、ある技術は他の技術を司り、言わば支配者であるのを我らは見ることができる。なぜなら、支配される技術の目的は支配する技術の中にあるからである。例えば、医術は製薬術を統制し、これを秩序づける。なぜなら、医学が目的としている健康は、製薬術によって作られるすべての製薬の目的だからである。同様のことが、造船術との関係における航海術や、騎乗法及び戦争のあらゆる装備との関係における戦術において明らかである。 [4] さて、こうして他の技術を支配する技術は , 「棟梁的」技術と名づけられ、いわば、支配的技術である。それゆえにまた「棟梁」と呼ばれる職人たちは、智者なる名称をもつ資格がある。   3   しかし、上にいわれた職人たちは何かある個々の事物の目的を目指して働くのであって、一切のものの普遍的目的に到達するのではないから、一定の事柄についての智者と呼ばれる。この意味において、コリント前書には、「熟練した建築家のように土台を据えました」 ( コリント前書 3 ・ 10) 、と言われている。しかし、全体的な意味での智者なる名は、万物の目的ないし万物の原理...